二極化する動物病院
動物病院業界は、外部環境の変化等に伴って、「経営体力がありサービスの高度化を進める動物病院」と「獣医師の採用にも事欠く旧態依然とした経営を続ける動物病院」との二極化が進行しつつある。既存の動物病院にとっては、M&Aを通じて同業他社との経営統合を進め、拡大再生産が可能となる一定程度以上の事業規模を確保し、獣医師の採用力を強化することで比較優位と残存者メリットを確保する戦略が、一つの有効な選択肢となる。
マーケット縮小とオーバーストア
一般社団法人ペットフード協会「全国犬猫飼育実態調査」によると、足元の犬猫飼育頭数は、微減横這い傾向にある。特に、犬の飼育頭数は減少傾向が顕著であり、2023年の飼育頭数は前年比▲3.0%減の6,844千頭と、7,000千頭を割り込んだ。一方、猫の飼育頭数は、近年は増加と減少を繰り返しており、2023年の飼育頭数は前年比2.6%増の9,069千頭であった。

犬猫飼育頭数の微減横這い傾向に比して、飼育動物診療施設数は増加傾向が続いている。農林水産省「飼育動物診療施設の開設届出状況」によると、2023年の飼育動物診療施設数は前年比0.7%増の16,825施設であり、過去10年間で約1,600施設(+10.7%)増加した。これは、法人の飼育動物診療施設数が同期間で約2,000施設(+42.2%)増加したことがプラス寄与しており、反対に、個人の飼育動物診療施設数は同期間で約400施設(▲4.3%)減少するなど減少傾向が続いている。
更に、飼育動物診療施設における獣医師数の推移を確認すると、2023年の獣医師数は前年比▲1,0%減の8,946人と、9,000人を割り込み、減少傾向が続いている。反対に、獣医師数の減少を補う形で、獣医師以外の数は大幅な増加傾向にある。

医療レベルの高度化等の対応策
マーケットサイズ縮小(犬猫頭数減)とオーバーストア(施設数増)の状態が継続され、更には、法人による効率的な医療サービス体制等が確立されると、既存の医療サービスにおいて、顧客の奪い合いとそれに伴う価格競争の激化が進展する可能性がある。
既存の動物病院においては、医療レベルの高度化を図るなどして、価格競争に巻き込まれない独自性を打ち出す必要がある。専門領域を打ち出し、症例数を増やし、診療データの活用等を進めるなどして差別化を図る。また、一定程度、高度医療機器の保有も必要となる。
医療レベルの高度化に加え、医療サービスの質の向上、サービス領域の多角化を進める必要もある。柔軟な受け入れ、検査、訪問診療等に対応し、ペットフード、サプリメント、保険、器具等の各種物品販売、その他ペットビジネスに係る川上から川下までのあらゆるビジネスチャンスを貪欲に取り込む必要がある。
M&Aが有効な選択肢
医療レベルの高度化、医療サービスの質の向上、サービスの多角化を図るためには、優秀な獣医師や医療スタッフを採用・育成するなどして、経営規模を拡大させることが必須となる。但し、足元では、獣医師の確保は容易ではない。また、そもそも、優秀な獣医師や医療スタッフを採用・育成するためには、現状の給与・福利厚生の水準を向上させるなどの待遇改善が必要であり、現時点において既に拡大再生産が可能となる一定程度以上の事業規模を確保していなければ、それもままならない。
これに対する解決策としては、M&Aが一つの有効な選択肢となる。M&Aを通じて同業他社との経営統合を進めることで、拡大再生産が可能となる一定程度以上の事業規模を確保することができる。その上で、獣医師の採用力・育成力を強化し、医療レベルの高度化、医療サービスの質の向上、サービスの多角化を図ることで比較優位と残存者メリットを確保する。
なお、M&Aを通じて同業他社との経営統合を進めることで得られるメリットとしては、たとえば、以下のものが考えられる。
- 一次診療から高度診療までのシームレスな診療体制の構築
- 獣医師のオペ技術の更なる向上
- 研究基盤の強化と研究成果の共有
- 獣医師の採用力の強化
- 各種機能(高額な医療機器等を含む)の内製化と間接コストの削減
- 後継者が不在の動物病院の事業を引き継ぐことによる雇用維持・顧客維持
動物病院業界は大きな転換点にある。動物病院業界におけるM&Aの取り組みは、今後更に加速することが予想される。
以上