建築設計事務所業界の戦略的M&A「経営規模拡大が必須」

勝ち筋は「組織力」と「リカーリング収益」

 国内の新築需要が伸び悩む中で、成長を続ける設計事務所の共通項は「組織力」にある。有力設計事務所は、意匠・構造・設備・環境の多職能を束ね、BIMと標準化で生産性を底上げし、再開発・改修、省エネ、FM(運用)までを一気通貫で担う。また、案件ポートフォリオを、新築偏重から、再生・改修、ZEB/ZEH対応、官公庁・再開発、海外へと広げ、単発の設計料に加えて、BIMモデル保守や性能チューニング等の「リカーリング収益」を積み上げる。日本の建築設計事務所業界は、M&Aやアライアンスの活用が相対的に遅れている。同業とのアライアンスに加え、設備、環境、BIM、PM/CMといった隣接領域との連携を強化し、組織力やリカーリング収益を強化することで、競争優位を目指したい。

市場は長期停滞

 日本の建築設計事務所業界は、建築市場全体(約46兆円)のうちの数%を占め、市場規模は数千億〜1兆円程度と推定される。建物本体や設備に莫大な費用がかかる中で、設計のみでこれだけの市場が形成されている点は、注目に値する。但し、国内市場は既に成熟局面にあるとみられ、2010年代以降は長期停滞が続いている(下グラフ参照)。

出所:国土交通省「建設関連業等の動態調査」

建築設計業務の分類

 建築設計事務所は取り扱う業務分野や専門領域により大きく以下のように分類できる。

  • 建築意匠設計(アトリエ系、組織系):建築物の外観デザインや空間計画、意図するコンセプトを形にする建築意匠(デザイン)を担う。外観や空間のコンセプトを具現化する中核機能であり、上流の基本構想・都市計画段階から関与し、BIMで多職能を束ねる総合力が問われる。成長の要は、非住宅分野(再開発、医療福祉、教育、物流など)での案件ポートフォリオの厚みである。
  • 構造設計(専業):耐震安全性、合理化設計、既存ストックの診断および補強を担う。性能設計、免震・制振、木造大スパンなどの差別化に加え、改修・転用の知見が案件安定化に直結する。
  • 設備設計(専業):建築物に不可欠な電気・空調・給排水など設備(インフラ)設計を担う。ZEBやスマートビルで重要性が上昇しており、EMS・BAS連携による省エネ最適化、再エネ・蓄電・未利用熱の統合計画、法制度や補助金の運用支援が競争力の源泉となる。
  • 都市計画・コンサル:広域のマスタープラン、再開発支援、官公庁案件を扱う。意匠設計の中の一カテゴリーとして取り組まれること多いが、特に都市計画や地域開発のコンサルティングに特化した事務所も存在する。少子高齢化で都市の縮退やコンパクトシティ化が課題となる中、住民合意形成、社会受容性、事業スキーム設計(PPP/PFI)など、都市計画の専門家によるプランニング需要はむしろ増加傾向にある。
群雄割拠の市場構造

 日本の建築設計事務所業界の事業者数は非常に多く、国土交通省の登録データでは建築士事務所は全国で9万事業所を超える。多くは従業員数名の小規模事務所で、個人あるいは家族経営が中心。住宅や小規模建築を中心に地域密着で活動するも、限られた人員体制ゆえに人材確保や受注の安定化に課題を抱えやすい。一方、売上規模100億円超の大手は7社に限られる(2023年の日経アーキテクチュア調査)。また、ランキング50位クラスで売上規模は10億円程度(同左)に過ぎない。令和6年4月時点において、建築士資格保有者は119万人に上り、日本人の約100人に1人が建築士資格を持つ計算になることからも判る通り、日本の建築設計事務所業界は、群雄割拠、競争市場の状態にあると言える。

今後の成長ドライバー
  • 住宅新設の逓減と改修・再生の台頭:人口減に伴い新設住宅市場の先細りは避けがたく、近年の着工は80万戸前後で推移するなか、中長期では50万戸台への縮小が見込まれる。新築偏重の案件構成は相対的にリスクが高まり、耐震診断、用途転用、省エネ改修といった再生メニューの標準装備が不可欠となる。他方で、維持修繕・改修市場は建築ストックの老朽化を背景に拡大が続く。
  • 都市再開発・インフラ更新の継続:首都圏および地方中核都市においては、再開発、公共施設の更新需要は厚く、PM/CM、事業協議、ステークホルダーマネジメントまで統合的に対応できる組織力を有する建築設計事務所が機会を取り込みやすい。建築投資に占める非住宅の厚みも追い風となる。
  • 脱炭素(ZEB/ZEH・LCA)対応の標準要件化:エネルギー基準は段階的に引き上げられ、2030年以降の新築でZEB/ZEH水準の確保を目指す方針が示されている。ZEB設計・認証、一次エネ計算、運用段階の最適化まで含めた実装力は、もはや競争力の中核である。環境分野の専門チームを備える動きは、大手建築設計事務所のみならず中堅建築設計事務所にも波及しつつある。
  • DX/BIMの本格普及と制度側の後押し:国交省は建築GX・DX推進事業等でBIMやLCA活用を補助し、BIM活用事業者登録制度の運用も始まっている。大規模案件ではBIM前提が一般化し、BIM標準、テンプレート化、BIMコーディネーションの体制を持つ建築設計事務所が選好される。
  • 人材・事業承継:一級建築士の高齢化が進むなか、事業承継、M&A、アライアンスの巧拙が、中長期の競争力を左右する。
M&A・アライアンスが最短ルート

 日本の建築設計事務所業界は、構造転換の只中にある。組織力を強化することで、標準化、脱炭素とDXを核に、改修・再生と再開発の厚い需要を取り込むと共に、単発受託からリカーリングへと収益モデルを転換することが肝要である。その最短ルートは、同業とのアライアンスに加え、設備、環境、BIM/施工図、PM/CMといった同業隣接領域との各種機能補完を進めることである。成長ドライバーを取り込むためにも、経営規模拡大は必須。建築設計事務所業界におけるM&A・アライアンスの加速が、今後一層注目される。

以上

株価算定・企業価値評価で全国対応の三澤公認会計士事務所

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